後田ひらい 広島大学
〇はじめに
2024年現在、韓国を訪れると、日本語が街中に溢れていることに驚く。特に繁華街やデザートの店舗でも日本語で店名が表示されており、日本人アーティストの曲が流れている。実際、今まさに韓国は日本ブーム真っ只中である。国別外国人訪日客ランキング1においても2015年から2021年にかけては中国が1位だったが、コロナ収束後の2022年、2023年では韓国が1位となっている。しかし、そのような日本ブームの中でも、年々韓国人の日本語学習者は減少している。国際交流基金が3年ごとに実施している「海外日本語教育機関調査」によると、韓国における日本語学習者数は2009年度から2021年度にかけて減少が続いている。また、国家別日本語学習者数の順位でも、かつては1位だったが、2022年度では6位まで下がっている。なぜ日本文化が流行しているにもかかわらず、韓国における日本語学習者が減少しているのだろうか。
2021年度海外日本語教育機関調査より
〇韓国における日本語学習者の特徴
国際交流基金の2023年度日本語教育機関調査結果によると、韓国には約47万人の日本語学習者が存在しており、その年齢層は小学生から大人まで幅広く分布している。特に、学習者の中心は中学生と高校生であり、彼らが全体の約7割を占める。高校では、日本語は第二外国語として非常に人気があり、選択可能な8つの言語の中でも最も多くの生徒が履修している。しかし、大学入試においては事情が異なる。多くの生徒は、戦略的に高得点を狙える科目を選ぶ傾向にあり、日本語を受験科目として選ぶケースは少数派だ。日本語の能力が高い生徒の中には、大学入試の代わりに、直接日本への留学を目指すケースも少なくない。
また、韓国では「学院」と呼ばれる民間の教育機関や、文化センター、公民館などでの日本語教育も非常に盛んである。これらの機関では、多様なニーズに応じた日本語教育が提供されており、学習者はそれぞれの目的に合わせて日本語を学ぶ。さらに、インターネットの普及に伴い、オンライン学習や独学で日本語を学ぶ人も増えており、自分のペースで学べる環境が整っているという。
さらに、韓国と日本の間で結婚移住が増えている背景から、日本語を母語としない環境で育つ子供たちに対して、日本語を継承する教育が重要視されている。これらの子供たちが、日本語を親から受け継ぎ、習得するために、多くの地域で自助グループが活動している。このようなグループは、子供たちが日本語を自然に学べる環境を提供し、彼らの日本語能力を高めることに尽力している。さらに、これらの自助グループを支援するために、「韓国継承日本語教育研究会」という団体が設立されて、10周年を迎えた。この研究会は、勉強会や教材の作成を通じて、各地域での日本語教育をサポートしており、その活動は広がりを見せている。
〇韓国の日本語学習者減少の原因
1975年に国際交流基金の調査が始まって以来、韓国での日本語学習者数は世界第一位を維持していた。第二次世界大戦後、韓国における日本語教育は、1961年、韓国外国語大学に日本語科が設置されることで始まった。1972年に、高校の第二外国語に日本語を加えられて以来、80年代には、第二外国語を学ぶ高校生の40%が日本語を学ぶようになり、企業や大学でも日本語を教える学科や日本語コースが作られていった。また、韓国では大学入試改革が行われ、その中には、ソウル大学の入試科目から日本語が排除されるなど、日本語学習に不利な状況があったが、日本語学習者数が減ることはなかった。また、韓国の中学・高校における第二外国語として日本語を選択している生徒・学校が多く、中等教育における日本語学習者は、毎回の調査で7〜8割を占めている。
そのような中で、2000年代以降の学習者数が減少した一番大きな原因は、中等教育学習者数の大幅な減少である。韓国の中等教育において2011年から大学入試選択科目が変更されたことで、韓国の大学入学試験である「大学修学能力試験」で第二外国語が選択科目になり、入学者選抜に第二外国語を必須にしている大学が少なくなった。つまり、高等学校で第二外国語を受講する学生の減少は、「大学修学能力試験」で第二外国語を選択する学生の減少にもつながっているのである。2021年度では、中等教育の学習者が前回の2018年度から15.6%減少している。この後も、中等教育で日本語を選択する学生は少なくなると見られる。
さらに、高等教育機関・学校教育以外の機関での日本語の需要が減少していることによる影響も大きい。今韓国が抱えている二つの問題から、今後この状況はさらに厳しくなると予想される。2それは学齢人口の減少と、大学卒業生の就職難である。大学推薦入試が新入生募集の時点で定員割れする事態に応じて、政府主導の大学構造改革が行われており、大学は入学定員の縮小、類似学科の統廃合を余儀なくされている。また、就職難が続く中で、人文学関連学科がその厳しい逆風を受けて入学希望者が減っているため、日本関連学科もその流れの中にあるという。
他にも、韓国における日本語教育に影響を与える要素として、日本の経済状況や韓国と中国の関係も含まれる。2000年代までにおいては、日本語教育が大きく成長し、学問の一部としてのステータスでもあった。しかし、2000年代後半は日本への興味・関心の低下や中国の経済的な浮上によって、日本語教育が以前ほど盛んではなくなった。特に、2011年の東日本大震災と原発事故は、韓国における日本研究や日本語教育に大きな影響を与えた。この出来事により、多くの韓国人が心理的に戸惑いを感じ、その結果、日本に対する研究や日本語の学習への興味が減少した。また、この時期には韓国と日本の間で外交や政治の問題も多く、これがさらに日本研究や日本語教育に対する関心を低下させる要因となっている。2010年代に入り、韓国における日本研究や日本語教育の状況は、日本と韓国の関係だけでなく、中国との経済的なつながりも大きく影響していった。韓国と中国の経済交流が急速に拡大し、これに伴って日本の経済的重要性が相対的に低下したのである。この変化により、日本への関心が薄れ、第二外国語としての日本語教育も低迷する結果となった。
〇韓国人の日本語学習のきっかけとは?
国際交流基金の2021年度日本語教育報告書によると高等教育・一般成人教育では、日本の社会や文化に対する関心が学習動機となる傾向が強かったが、韓国での若者の就職率の低下に伴い、ここ数年は日本への就職を目的に日本語・日本文化を学ぶ学生が増える傾向にあるという。このような社会や経済の動向は、語学学習の大きな動機になる。3例えば、日本が高度成長期を迎えたとき、多くの韓国人が日本語を学び始めた。同様に、中国が経済的に台頭し、韓国と中国の経済交流が活発になると、中国語を学ぶ人が増加していった。これらの例は、社会・経済の状況が語学学習に与える影響をよく表している。韓国では、英語が第一外国語として不動の地位を占めており、これが変わることはない。しかし、第二外国語として何を選ぶかは、その時代の日本と中国の経済・社会的状況に大きく左右される。日本が経済的に成功している時期には日本語が選ばれやすく、逆に中国が経済的に活気づいている時期には中国語が選ばれることが多くなるといえる。日本語と中国語は、どちらも韓国にとって重要な隣国の言語だが、同時に学ぶ人は少なく、多くの場合はどちらか一方を選ぶ場合がほとんどである。このため、日本語教育の最大のライバルは、英語や韓国語ではなく中国語だろう。2000年代に入ると、韓国の高等教育における日本語教育は次第に衰退し始め、2010年代前半はその比重がさらに低下していった。この減少は、単に日本語教育が縮小しただけでなく、多くの教育機関と学習者が中国語教育に移行したと考えられる。一方で、2016年頃からは日本の経済が好調に転じるようになった。これにより、日本で働くことを希望する韓国の若者が増え、日本での就職が特別なことではなくなった。韓国では、若者の就職難が続いており、この状況が日本への関心を再び高める一因となっている。このように、日本で働くことを希望する韓国の若者が増加しているが、彼らが最初に取り組むべき準備として挙げられるのが「日本語の習得」である。日本の経済状況が改善されることで、韓国における日本語学習者の数も増えている。近年では、韓国と中国の間における経済的・政治的な摩擦により、韓国企業の中国への投資や進出が減少している。この結果、中国語を学んでいた学生たちが、日本語学習に転向するケースが増加した。そして、この状況が今後しばらく続くという見解が多い。高等教育における日本語教育は、今後さらに重要視され、活発になるだろう。これは、社会的・経済的要因と日本語教育との相関性を見せてくれる例の一つである。社会や経済の動向が語学学習のトレンドを大きく左右する中で、どちらの言語が選ばれるかは、その時の状況に依存するだろう。
日本語学習の動機には、社会的・経済的要因に加えて、日本文化や社会への興味・関心も大きな要素として挙げられる。特に近年、日本文化への関心は、伝統的な文学や音楽、伝統芸能よりも、アニメやゲームといったサブカルチャーに向けられることが多い。1990年代や2000年代には、アニメや漫画などのサブカルチャーと日本語教育を組み合わせて学ぶ方法が流行した。例えば、「アニメで日本語を学ぶ」といった授業や教科書などである。これにより、サブカルチャーに興味を持つ学習者の個別的なニーズに応えようとした。しかし、これらの取り組みは、サブカルチャーに興味を持つ学習者の特定のニーズに応えることができただけで、長期的な支持を得るには至らなかった。そのため、サブカルチャーを利用した日本語教育は、一時的な流行で終わりがちで、現在ではこのアプローチが衰退していると考えられている。これからも、サブカルチャーと日本語教育を結びつける方法が続く可能性は低いと見られる。金東奎氏も述べているように、日本文化への「純粋な」興味や関心は確かに重要だが、それは個人的で特定の趣味に基づくものであり、安易にサブカルチャーと日本語教育を結びつけるだけでは、学習者の長期的な興味を維持することは難しいといえる。
高等教育における日本語学習の動機で三番目に重要なのは、韓国の大学および大学入試の状況である。韓国政府は、2022年までに大学生の定員を16万人削減するという大規模な大学構造改革計画を実施した。この改革の過程で、多くの学科が統合、閉鎖された。日本語教育もこの影響を受け、日本語学科の他の学科との統合や、学科の廃止が行われた。大学入試についても触れておきたい点がある。大学入試は、直接的には高等教育そのものに影響を与えるわけではないが、学生が高等教育の機会にアクセスするための重要な入り口となる。入試の制度や変化は、学生の進学の選択肢や大学での学びの内容に間接的な影響を及ぼす。国際交流基金が発表した2023年度の日本語教育報告書では、こうした状況についても以下のように言及されている。
文在寅政権下で「第二外国語正常化のための教育政策」の一環として、修学能力試験において日本語を含む第二外国語を試験科目から外すことが検討された。これに対し、外国語教育関係者は結束して、実質反対集会となる討論会を開くなどして運動を展開、数回にわたる公聴会が開かれ、「第二外国語は存続、絶対評価に変更」で落ち着いた。第二外国語は、日本語・中国語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語・アラビア語、ベトナム語(2013年11月実施分から)がある。2023 年実施の大学修学能力試験(大学入学統一試験)では、78,849人が「第二外国語/漢文」を選択し、このうち日本語選択者は22,872人※で、外国語科目の約28%を占め、一番の多さであった。(※実際の受験者は10,925人。) 多くの大学では、日本語の成績を成績としてカウントしない(生活記録簿=内申書、成績簿に記載できない) という現状もある。
日本語が大学入試に含まれるかどうかは、日本語教育が行われるかどうかといった本質的な問題と繋がっている。中等教育で日本語教育が行われないようであれば、高等教育においても同様の傾向に流れてしまうのである。大学に入ってから初めて日本語に興味を持つようになる、日本語学習の必要性に直面する学習者もいないわけではないが、中等教育における日本語学習の経験が高等教育につながることが多いのである。大学入試から第二外国語としての日本語が除外されるようになれば、高等教育における日本語教育の地位も決して安全とは言えなくなるだろう。
〇韓国における少子化の現状
中等教育、高等教育ともに学習者数が減少している背景には、少子化の影響が大きい。実際に、どれほど韓国においての少子化問題が深刻化しているのか。韓国の合計特殊出生率は1980年代から低下し始め、1984年に2を、1998年には1.5を切った。それでも、2010年代半ばまでは一定水準を保ってきた。しかし、2016年ごろを境に出生率はさらに急速に低下し、2018年は0.977と初めて1を下回り、2022年には0.78にまで落ち込んだ。また、1970年には100万人を超えていた出生数も減少を続け、2022年には1970年の4分の1以下の24万9,000人にまで減少した。
上のグラフから読み取れるように、合計特殊出生率・出生数ともに減少傾向にあるため、学齢人口も減っていくとみられる。人口減少による日本語学習者数への影響は、今後も続いていくだろう。
〇日本語教師へのインタビューを通して見る日本語教育の将来5
広島大学大学院の中山亜紀子准教授による『韓国人日本語教師の現状理解と日本語教育の課題』(2016年)から、韓国で働く日本語教師へのインタビューを一部取り上げる。このインタビューは、2014年9月と2015年3月の2回、ソウルで日本語教育に携わる7名(専任教員3名、非常勤講師4名)に行なった。全員が1980年代半ばから90年代半ばに高校を卒業し、韓国の大学で日本語教育を専攻。その後、日本に留学して博士号を取得している。
インタビューによると、やはり日本語人気の衰えを日本語教師らも感じているという。当時は、日本の文化的コンテンツも人気があり、留学後は大学教授として安定したキャリアを築くことができた。しかし、現在は日本語学科の人気が低下し、就職も厳しくなっている。また、政治的な影響や大学改革による日本語学科の統廃合によって、日本語教育の未来を不安視している。学生のニーズに応じた柔軟な教育が求められているが、大学での日本語教育が学生のキャリアに結びつかない現状に対して、教師らは困難を感じているという。
このインタビューから、語学学習は就職などの将来性や経済的有用性があるかどうかが動機づけの一つとなっているといえる。現在、日本語が経済的な利益をもたらさなくなり、さらにインターネットの発展により、学習方法や機会が多様化した中で、日本語教師は何をすべきかが問われている。この状況に対して、一部の教師たちは、学生を将来の社会人として「教育」することを重視する実践方針を打ち出している。具体的には、学生の日本理解を深めることや、社会人として必要な人間性を育てることである。これには、高等教育における外国語教育、つまり言語教育の目的や目標が何であるべきかという大きな課題が含まれている。
〇まとめ
日本語などの語学学習は、経済的有用性や異文化理解など、その語学を習得することで得られるものを明確化した状態で始める場合が多い。特に競争社会といわれる韓国では、その傾向が顕著だと考える。そのため、今後も日本語学習者数の動向は不安定で、社会情勢によって変化していくだろう。そのような韓国社会で日本語学習者の減少を阻止するには、日本語学習の魅力を再発見させる取り組みが必要と考える。具体的には、日本語が持つ文化的価値や、異文化理解を深めるツールとしての意義を強調することである。さらに教育現場では、日本語学習を単なる言語習得に留めず、グローバルな視点を持つ人材育成の一環として位置づけることが求められる。日韓両国の協力や交流の可能性を強調し、具体的なキャリアパスを提示することで、日本語学習の魅力を高めることができるだろう。これらの取り組みによって、日本語が単なる「実用的なスキル」ではなく、文化や社会との深い繋がりを持つ学問であることを理解させ、学習者のモチベーションを維持・向上させることが、今後の課題であると考える。
参考文献
1:JTB総合研究所
2:第9回国際日本学コンソーシアム「グローバル化と日本学」
日本語学・日本語教育学部会2014年12月16日 於:お茶の水女子大学
3:
4:日本貿易振興機構JETRO 2023年5月15日
5:佐賀大学全学教育機構紀要 第4号(2016)